大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7179号 判決 1966年12月27日

原告 株式会社大栄製作所

右訴訟代理人弁護士 真子伝次

外二名

被告 東京開発興業株式会社

右訴訟代理人弁護士 阿部民次

主文

被告は原告に対し金一、四七九、五〇〇円とこれに対する昭和三九年八月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

被告において金七五〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

1、原告訴訟代理人の主張。

一、被告は原告に宛て左記(イ)及び(ロ)の約束手形計二通を振り出し交付した。

(イ)の約束手形

金額 九八四、五〇〇円

満期 昭和三八年四月二日

支払地、振出地共東京都港区

支払場所 城南信用金庫赤坂支店

振出日 昭和三七年一一月二〇日

(ロ)の約束手形

金額 四九五、〇〇〇円

満期 昭和三八年三月二〇日

その他の手形要件(イ)に同じ

二、原告は右各手形の所持人であるが、各満期に支払のため支払場所に呈示したが、支払を得られなかった。

三、よって、原告は被告に対し、右各手形金と各満期日から支払ずみまで年六分の割合による遅延利息の支払を求める

四、被告は、本件約束手形二通は港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館を本店所在地とし被告会社と同一商号の東京開発興業株式会社(以下訴外会社という)の振出にかかるものであるとして、被告会社の振出行為を否認するが、原告は次の事由により被告会社に振出人としての責任があるものと主張する。即ち

(1)  本件手形は、原告が被告会社から発注を受け北海道開発局に納入したスノーボール(通路標識)の売買代金の支払のため、被告会社から受領したものである。訴外会社は昭和三七年九月一三日設立登記されているのであって、被告会社が原告にスノーボールを発注した同年六月頃には、右訴外会社は法律上も事実上も存在しなかったのであるから、右スノーボールの発注は被告会社がしたことは明白である。

(2)  被告会社は昭和三六年九月頃から訴外会社の本店所在地と称する前記港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館内において業務を行っており、被告会社の登記簿上の本店所在地たる品川区荏原六丁目七八番地には被告会社の事務所は全く存在しない。このことは、原告が昭和三八年六月頃本件手形金債権保全のため債権仮差押命令を得て送達したところ、被告会社の右登記簿上の本店所在地では送達不能となったことからも明らかである。

(3)  被告は、本件約束手形の振出人の名下に押捺されている代表取締役印は、訴外会社のものであって被告会社のものでないと主張するが、右手形振出の昭和三七年一一月当時においては、被告会社は右手形に押捺されている代表取締役印を被告会社代表者の印章として登記所に登録使用していたものである。被告会社は昭和三八年一月一〇日右印章を現在の印章に改印する旨登記所に届け出ており、そのため現在においては訴外会社と被告会社の代表者印が異っているのである。

(4)  被告会社の代表取締役中川千代二は、昭和三七年九月一三日被告会社と同一商号の訴外会社を設立登記しているが、これは単に銀行関係の取引の面においてのみ利用するため、もしくは補充的に債権者の追求を免れんがためのものであるにすぎず、従って被告会社は訴外会社の設立後も被告会社の業務のみを訴外会社の登記簿上の本店所在地であって実質上は被告会社の事実上の本店所在地たる港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館内で行っていたものである。訴外会社は被告会社と、会社の目的、役員、株主等も大部分共通で、被告会社と別個独立の実体を有するものではない。

以上(1)ないし(4)のとおりで、本件手形は被告会社がその業務につき振り出したものであるから、被告会社において振出人としての責に任ずべきである。

五、仮りに右主張が認められず、本件手形は訴外会社の振出したものであるとしても、上記(1)ないし(4)の事実関係の下においては、被告会社は訴外会社に対し被告会社と同一の商号を使用して営業をなすことを許諾したということができる。そして、原告としては被告会社を営業主と誤認して本件取引をしたものであるから、その取引によって生じた本件約束手形金債務については、商法第二三条の法意により、被告会社は訴外会社と連帯して履行の責に任ずべきである。

2、被告訴訟代理人の主張。

一、請求原因第一項は否認、第二項中支払呈示の点は否認、手形所持の点は不知、第三ないし第五項は争う。

二、本件約束手形は被告会社の振出でなく、港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館(新館八階)に本店所在の東京開発興業株式会社、即ち訴外会社の振出であるから、被告会社にはその支払の責任はない。

(1)  品川区荏原六丁目七八番地に本店所在の東京開発興業株式会社、即ち被告会社は、昭和三〇年一一月二四日商号東京開発機械株式会社、本店所在地千代田区神田神保町二丁目二番地として創立され、昭和三二年三月本店を千代田区有楽町に移転したが、昭和三五年四月事業に失敗し、同年同月一五日以降休業状態にあった。右会社は昭和三六年九月港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館の一室を事業所として賃借し、昭和三七年三月二六日商号を東京開発興業株式会社と変更し事業再開を計画したが、これに失敗し、同三七年五月一一日本店を現在の品川区内に移転し、この会社即ち被告会社による事業再開を断念した。

(2)  一方、この頃よりスノーボール取引の事業の話があったので、被告会社代表者中川千代二は関係者と協議の上、新会社を設立して右事業を遂行すべく、昭和三七年早々被告会社とは別に商号を東京開発興業株式会社とし、本店を港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館と定め、定款を作成し、登記手続をなし、同三七年九月一三日設立登記を完了し、訴外会社が成立したのである。そして、訴外会社の右本店営業所はこの会社の代表者中川千代二が被告会社の代表者でもあった関係から、被告会社の借室をそのまま使用してきた。

(3)  本件取引の対象となったスノーボール事業は、訴外会社成立以前は新会社創立準備中の営業として行ない、登記完了後一切を訴外会社の営業としたものである。

(4)  訴外会社は社印、代表者印等一切被告会社とは別個のもので、被告会社のものを使用したことはなく、経理関係も被告会社とは別個独立しており、被告会社から営業を引き継いだものでもない。純然たる新設会社である。

3、証拠〈以下省略〉。

理由

1、本件手形振出の真否について〈省略〉

2、〈省略〉。

以上の事実によると、本件手形の振出人として表示されている東京都港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館(新館八階)東京開発興業株式会社代表取締役中川千代二名義の記名捺印は、その外観上は、被告会社の代表者中川千代二が被告会社の事実上の本店所在地を附記した上でしたものとも解せられるし、又、訴外会社の代表者中川千代二が訴外会社の本店所在地を附記した上でしたものとも解せられ、そのいずれであるかは断定し難い。そこで進んで、本件手形振出の原因関係や訴外会社設立登記のいきさつ等の点について検討を加えた上、右手形振出の主体が被告会社であるか訴外会社であるかを判断することとする。〈省略〉

各証拠を綜合すれば

被告会社代表者中川千代二は、その主宰していた被告会社が営業不振のため再建策に苦慮していたが、昭和三七年春頃から中川やその協力者鈴木らの間で、スノーボール(降雪地帯における冬期の道路標識)を北海道開発局に納入するとの事業計画が持ち上り、赤平信之助も右事業に参画関与して右計画を進めることとなった。右事業に当り、中川は被告会社の資産内容が不良のため、被告会社とは別に、かつて中川が経営し官庁関係に実績のあった東京開発興業株式会社の商号を再度使用し、新会社を設立し右スノーボール事業を遂行しようと考えた。ところが資金難のため新会社は未だ設立準備の手続にすら入ることができなかったのに、中川らは被告会社が賃借中の東京都港区赤坂田町七丁目三番地日本自転車会館内の事務所を営業所とし、東京開発興業株式会社の名義でスノーボールの取引交渉に入り、北海道開発局建設部との間に、新東亜交易株式会社を経由して同局建設部にスノーボールを納入するとの諒解をとりつける一方、原告会社に対しては、同三七年六月頃以降右スノーボール製作費の見積をさせる等下請製作についての予備交渉を重ねた結果、同三七年八月三〇日及び同年九月一日の両日付で、北海道開発局建設部から鋼製スノーボール合計一、五〇〇本の仮発注が新東亜交易株式会社になされ、これに基いて新東亜交易株式会社と東京開発興業株式会社代表取締役中川千代二との間に同三七年九月五日付で、〈省略〉総額七、四二五、〇〇〇円、同年九月末北海道開発局管内札幌、小樽、旭川、網走納入検収渡し、納入検収時1/2現金、1/1九〇日約手払との売買契約が成立し、その頃右東京開発興業株式会社の名義で原告会社に対し、右売買契約によって納入すべきスノーボールの下請製作の発注がなされ、原告会社は約定のスノーボールを製作納品したので、同年一一月二〇日頃右代金の一部支払のため、本件の(イ)(ロ)手形が東京開発興業株式会社代表取締役中川千代二から原告に交付された。

その間同三七年八月中川は取引銀行の一つである大和銀行新橋支店から、中川がかつて経営していた前記旧東京開発興業株式会社は手形不渡事故のため取引停止処分を受たことのある事実を発見指摘されたので、銀行取引継続のためにもかねて計画中の新会社を急拠設立すべき必要に迫られた。そのため中川は鈴木、赤平らと共に発起人となり定款の作成、認証等の手続を経て、同三七年九月一三日に訴外会社を設立登記した。しかし原告は中川らに訴外会社設立の計画のあることは何ら知らされておらず、右設立登記についても、中川らは右大和銀行新橋支店の外は、取引先に対して連絡通知することなく、従前と同様の状態で取引を継続していたので、原告としては本件スノーボールの製作納入は終始既存の被告会社との取引と考えていたのであるが、その後同三七年一一月末頃訴外会社の内部において中川の経営に対する非難が起り、同年一二月初旬中川は代表取締役を辞任し、鈴木が訴外会社の新代表取締役に就任し、本件スノーボール取引代金支払のため原告会社が受領していた支払手形は、大部分訴外会社の手によって決済されたが、やがて訴外会社も経営不振に陥入ったため、本件手形のみ未決済に終った。

以上の事実が認められる〈省略〉。

右認定の諸事実を総合して考察すると、本件スノーボール事業は、当初から新設予定の東京開発興業株式会社即ち訴外会社により遂行すべく計画されたものであるけれども、右訴外会社の設立計画が捗らないため、その設立登記の以前は、被告会社の代表者で、かつ、訴外会社の創立を計画した中川千代二が鈴木産振、赤平信之助らと共に、被告会社の名義を使用して取引交渉を進め、訴外会社の設立登記と同時に、右事業をそのまま訴外会社に移譲したものであり、本件手形は右事業につき訴外会社がその成立後に振り出したものとみるのが相当である。けだし、中川や鈴木らの間で本件スノーボール事業の計画が持ち上った昭和三七年三月頃、被告会社においてはその商号を態々将来創立される予定の訴外会社と同一の商号に変更登記したばかりでなく、中川らが北海道開発局や原告との間で右スノーボール取引の交渉に入った同年六月頃、被告会社においては、後に訴外会社成立と同時に訴外会社において登録使用することとなったと同一の印章を被告会社の代表取締役印として登録していることは、中川らが訴外会社成立以前においては被告会社の名義を使用して本件スノーボールの事業を進めるために必要であったと考える外にはその理由を見出し難いし、訴外会社が成立した後はその本来の計画したところに従って、右事業を訴外会社に移譲したとみるのが自然と考えられるからである。

これを要するに、本件手形振出の主体は被告会社ではなく、訴外会社であるというべきである。

3、商法第二三条の成否について

本件スノーボール事業は、中川千代二らが訴外会社の成立前は被告会社の名義を使用して行ない、被告会社と同一商号の訴外会社の成立と同時にこれを訴外会社に移譲し、訴外会社はそのまま右事業を継続して行ない、これが取引代金支払のため本件手形を振り出したものであること、前認定のとおりであるし、被告会社は自己の商号を将来設立さるべき訴外会社と同一商号に変更したり、被告会社が賃借中の事務所を右スノーボール事業の営業所として使用させるなど、右事業遂行のために積極的な協力をしていることもまた、前段認定事実から明らかなところである。換言すれば、被告会社は訴外会社の成立前においてはその設立計画者たる中川らに本件スノーボール事業につき被告会社の商号の使用を認め、訴外会社成立後は訴外会社がそのまま被告会社の商号を使用して右スノーボール事業を遂行することを許諾したものということができる。そして、原告としては訴外会社設立計画のあることもその設立登記のことも何ら知らされなかったし、本件スノーボール取引は終始中川の主宰する既存の被告会社との取引とのみ考えていたこともまた前認定のとおりであり、上来認定の被告会社と訴外会社との外観上の類似性からすれば、原告においてかく誤認することも止むを得なかったものと認めるに充分である。

従って右事実関係の下においては商法第二三条の法理に従い、被告会社は訴外会社と連帯して右スノーボール取引に基いて生じた本件手形債務につき、履行の責に任ずべきである。

4、結論〈以下省略〉。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例